長崎から発信のえびす、恵比須、恵比寿、ゑびす様

平戸の貿易商・平戸道喜を祖として「小曽根家」は、江戸・明治にかけて、長崎を代表する豪商になります。多くの勤王武士と交わり、その活動を支援した小曾根家の屋敷は現在の長崎地方法務局(万才町)の場所にありました。篆刻・隷書に巧みであった13代・小曽根乾堂は本来の商才にも長けていて清国との貿易のために埠頭の建設、海岸の埋め立てを自費で行います。この場所は後に外国人居留地となります。一部が小曽根家の私有地となり「小曽根町」の町名がつけられました。長崎港を臨む高台に残る「居留地境」の石標と、少し離れた小曽根公民館前の「恵美須神社」の鳥居の奥に祀られるえびす様

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